ポジティブシンキング?

ラメッシ

文中でも引用したラメッシの言葉が書かれている本です。

ポジティブシンキング、前向きな考え方の好例としてよく「コップ半分の水」の話があります。
コップに半分水が入っている状態を見てある人は「もう半分しか入ってないよ~」と嘆き、別のある人は「まだ、半分も入っている」と前向きにとらえるという話です。

話としてはその理屈は分かっても、実際つらい状況になった時にそういう風に考えられるかと言うと、ちょっと自信がぐらつきませんか?

当院には、痛みや症状がつらい方も多くご来院いただきておりますので、弱気になってしまっている方もいらっしゃいます。

ただ、痛みが強かったり、原因や治療法が分からない等と言う様なケースは確かにお辛くネガティブシンキングにならざるを得ないな~と思う場合もありますが、やはり気持ちが「自分は治る!」と前向きにならなければ、とくに当院の様なご自分で取り組む、自分の生活習慣を改めたり肉体改造する根本療法の場合はなかなか難しいものがあります。

で、そういう状況でも自分の気持ちをポジティブに引っ張ってくれるいい問いかけを見つけたのです。

それは、インドの聖者シュリ・ラマナの孫弟子にあたるラメッシ・バルセカールの本にありました。

「なぜ、私にこの問題が起こっているのだろう? なんで私なんだ?」(これは形を変えて実に多くの方が口にされます)

この質問に対する唯一の回答は、

「どうして私であってはいけないのか?」である。
というものです。

どうですか?

良く味わってみてくださいね。

痛みやつらさから発する言葉は当然ネガティブにならざるを得ません。
それは思考の法則です。(エクハルトトールいうところのペインボディーですね)
ですから、この質問でその思考に反撃を加えるのではないでしょうか。
それにより思考が止まれば、苦しみは拒否するべき何か、ではなくただそこにあるものに変わります。

そして、そこから「では、どうしよう?」と建設的な思考に変わっていくのではないでしょうか?

 

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ポジティブシンキング?」への2件のフィードバック

  1. 鴨下先生
    毎度、含蓄に富む言葉の連続、ありがとうございます。
    今日は(も)反論させてもらいます。

    弱気になってしまっている患者として、発言させていただきます。

    ”信じる”とか”前向き”という言葉は、(失礼ながら)軽度の心身障害の方には有効かと思います。
    しかし、明日も危ない!と思うような切羽詰まったような心理状態の人に、『信じろ』は暖簾に腕押しではないでしょうか。

    3.11の地震のとき、木の枝につかまって10時間救出を待った方々が言ってました。『1分後には死んでるかもな』
    この状態で、600分以上、恐怖に耐えたわけです。

    信じるという言葉は心地よいですが、平穏無事に幸せに生きている人たちの『平和ボケしたマヤカシノ言葉』と言われるかもしれません。
    今、自分自身、散々痛い目にあって、”状態によって、言葉の解釈、噛みしめ具合も変わるなぁ”とシミジミ思ってます。

    一応念押ししておきますが、先生が投稿した意味、ここから汲み取ってほしいと期待している意味は、一応理解しているつもりです。

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  2. ご指摘ありがとうございます。 例えば頑張りすぎてしまったためにうつ状態になられている方に、頑張っては禁句とよく言いますが、私もそう思います。 同じように危機的な状態の方に「信じろ」は難しい言葉でしょうね、言葉のむずかしさを痛感いたします。ポジティブと言う言葉にも違和感を覚えられましたでしょうか?  注意して言葉を選んでいきます、ありがとうございました。  今回のご紹介では、思考は習慣性があるし、影響力が大きいので、こうしたアイディアで思考に巻き込まれるのが防げますよと言うお話しでしたが、やってみてはいただけたでしょうか? ぜひ、思考が起こった時にためしに自分に問いかけてみてくださいね。 いつもコメントありがとうございます。 

    いいね

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