病名のつかない病気…理解されない苦しみ。

 そもそも、病名とはその病態を表す言葉ですが、現代医療はまずこの病名が無いと治療が始まらないですよね。
 ですから、患者さんが例えば痛みを訴えても、診断で病変が見つからないと「加齢ですね」、「老化ですから仕方ありませんね」と言われることが大変多くあります。
  診断、と言う言葉は、ウィキによると「一般的に診断(しんだん、英語:diagnosis)とは、医療においては健康状態あるいは病気を患者の徴候や他方向の結果から見分ける診断手続きである。結果に達するこの過程を診断と呼ぶ。」と言う事になるようですが、問題はこの『見分ける』と言う作業ではないでしょうか?

 現実の現象、結果そのものを見ずに、過去の結果から推しはかろうとしても、十人十色と言う言葉が有るように、本当に人の身体は様々ですし、同じような症状が出ていても、その原因は決して一つではないのです。

  そうして、そうした診断名のつかない、病名の無い状態の方は周りから「気のせいじゃないの?」、「病気じゃないんだから、がんばってよ」、「甘えじゃないの?」という様な言葉をかけられるというつらい経験をされることが多く有ると聞きます。
 自分では頑張りたいけど、痛みやつらさで頑張れない、またそれを理解してくれる人がいない、これは非常な苦しみであることが想像できます。
 実際そうした方にお話を聞くと、「身体の痛み以上に、そうした無理解がつらかった」と言われた方もいらっしゃいました。
 
 特に今現在出ている症状や痛みにばかり目を向けていると『木を見て森を見ず』になってしまう事が危惧されます。
 もちろん問題が出ている木も大事ですが、森を見なければ、木も理解できないのです。
 どうして、そうなっているんだろう?
 なぜその痛みが出ているのだろう?
 これを経験とイソガイ療法の理論に基づき治療していくのですから、当院では診断の代わりに、理解が初めに有ります。
 そここそが、結果に対してではなく、原因そのものにアプローチをすると言う事にもなります。
 
  ですから、当院には、もちろん病名がついた疾患を治しに来られる方もいらっしゃいますが、こうした病名のつかない疾患を治しに来られる方もいらっしゃいます。
 人に理解されない苦しみ。
 今までアプローチが見つからなかった苦しみや痛み。
 どうぞご相談ください。
 

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中